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田丸親方の想念書き換え ビフォーアフター

想念改革の匠(自称w) 親方の人生プログラミング教室(マトリックスコードプログラミング)はこちらです。

頭の中のもやもやなイメージ

どうも。
どらちゃんです。

願いを叶える、というお話に、
自分のイメージがいかに鮮明であるか、
というお話がちらほら散見されます。

今回は、イメージが鮮明だと願いが叶うとか、そういうお話ではなく、

「いかにイメージを鮮明にしていくか」

ということの一例です。

で、本題に入る前に。

最近、こういうお話をぼくの身辺でよく見かけます。

文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい

で、ぼくはIT屋(なんか適切な表現がまだみつからないけどw)でもあるので、
こっちのほうが響いたりします。

プログラムを「書ける人」と「書けない人」の違い

まぁ、読むのめんどくさい人向けにぼくなりにまとめてしまうと、(汗

「文章もプログラムも、100ある知識・情報・経験を取捨選択吟味して磨き、1に落とし込む作業だ」

ということと、

「とは言え、アウトプットされたものでしか評価されないし、他に評価しようもない」

ということになるでしょうか。


至極、納得です。


ぼくはITの専門学校で講師もやっております。今はデータベースとサーバの講義ですが。
(あ、講師依頼ありましたら是非よろしく!wwww)

講義の中で言うことがあります。

「頭の中でイメージもない状態のものを、設計なり、プログラムなりにすることはほぼ不可能だ」

「だからイメージしろ。自分がこれから作ろうとするものが、どう動き、どういう仕組みで情報が
 格納されていくかを。おぼろげでもいいのでイメージしろ。」

「そしてそのイメージを鮮明にしていけ。そうすれば後は(プログラム的な)言語化だけだ」

プログラムの書き方自体はぼくの講義の内容ではないのでそこは話していませんが(汗

で、ここまで話すと、疑問が出てきます。


どうやってイメージを鮮明にしていけばええねん?



で、ここで、先ほどの

「100を1に落とし込む作業」

とつながってきます。


おそらく、絵を描くことで説明するとわかりやすいと思うので、そうします。
絵、というより、イラストかもしれません。

自分の描きたいものがおぼろげにあります。たとえば、
(ああ、女の子の絵が描きたいな)
的なかんじ。最近だと艦これの艦娘とかね。

で、、、。

描きたい、と思ったときはまだイメージが、もやっとしてるというか、霧に包まれた状態で
ハッキリしないと思うんですよ。

ハッキリしてれば、そのまま描いて行けばいいだけなんで。

で、とりあえず描きだしてみたりして。線を描いていくごとに、
頭の中のイメージがはっきりしだしてくるんじゃないですかね?
(描き慣れてる人はそうじゃないかもしれませんが)

そして、イメージがはっきりして、実際描かれた線を見て、
ギャップを感じたりして、
「あぁ、俺ヘタじゃん・・・」

とか思っちゃったりして。



プログラムでも、なんとなく大枠としての仕様は決まっていて、
じゃあその線に従って作り始めてみて。

詳細な仕様としてこうしたほうがいい、とか、イメージが固まってきて。
何度か作り直しながら、理想のものに近づけて行く感じ。

(仕様が完璧に決まってるんなら、そも作りきれますからね。ウォーターフォール的に。)


つまるところ。

夢を叶えようとしたときに。

おぼろげなイメージのままいるのではなくて。

どんな小さな行動でもいいので、それに向かって行動していくことによって、
イメージってどんどん鮮明に、明確になっていくんじゃないですかね?

というお話。



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上のブログ、「がるの健忘録」のがるさんも登場予定?!